自由? それは人類が滅びてもなお守らねばならないものであるのか。
進歩? それは人類の滅亡と引き換えてもなお続けねばならないものであるのか。
学問? それは人類を破局へ追いやってもなお学べばならないものであるのか。
文化? それは人類に危機を及ぼしてもなお維持せねばならないものであるのか。
都市を滅ぼせ / 中島 正
 
本を読み進めて、ぐさぐさぐさっと刺さった言葉。
そもそも本のタイトルが自分の生まれ育ったアイデンティティーをえぐるよ。
 
自分が学生時代からいて、今も働いてる法人「BrainHumanity」という団体名の造語は、brainという単語を「知性」や「知力」=「力」と捉え、humanityという単語を「人間性」や「博愛」=「達成すべき理想」と捉えている。
 
『「理想」のない「力」は暴力であり、「力」のない「理想」は無力である。』と学生時代に言われた時も「はぁ、そういうもんかぁ。」と思う程度だったけれど、最近この言葉の重みをよく考える。
 
特にhumanityの為す意味は、とてつもなく重い。
 
世の中の理想というのはよく分からない。
 
せめて自分の理想とか方向性くらいはとも思うけれど、それが何なのか、定める作業はとても難しい。大地から食物を取り続けられるこの当たり前の世界を、自分の子どもや孫、そしてその先の人々に本当に残していけるのか。子どもができてからそんなことばかり考えるようになったし、不安で仕方がない。
 
humanityをまったく感じない国や町のお偉いさん方を前に、そういうお前のhumanityはあるのかと問われれば走って逃げたくなるような気分だけど、自分の仕事としている「教育」や「学問」というものに、さらに言えば自分の行っていること全てにおいて、ある側面から見れば様々な危険性があることの自覚や客観性を持たなければという気持ちや、こういう偏ったおっさんの言葉を自分たちが繋いでいかないとという使命感はある。
 
そして唯一譲れないことは、なるべく権力というものと無縁な場所でゲリラ的に戦っていくというスタンスだ。