一人暮らしへの揺るぎない情熱と、
「関西ってなんか人おもしろそう。」
という偏ったイメージだけで、縁もゆかりもない関西の地の大学に進学しました。

小学校の頃、なんでも自由に取り組ませてくれたおばちゃん先生が好きで、自分もああいう縛り付けない先生になりたいという気持ちがありつつ、大学に入って何しようかなと考えていました。
そんな時に目にした1枚のチラシが、
『不登校の子どもたちの家庭教師をしませんか?』
というものでした。

小学校から高校まで学校が楽しかった身としては、不登校の子どもたちの気持ちが全く分かりません。
「将来先生になるときに役立つかも。そして時給2000円。これは熱い。」
ということで、研修に行ってみることになりました。その団体が、まさか10年以上も関わり続けるとは思いもしなかったNPO法人ブレーンヒューマニティーでした。
 
キャプチャ

この団体は、子どもたちに対して様々な価値を「大学生が」提供することを目指しています。大学生は社会人のお手伝いではなく、彼らが責任者として、野外キャンプ等の各イベントの企画内容、安全管理、予算等のすべてに対して取り組んでいきます。

不登校児の家庭教師になるための研修終了後、その場にいた参加者から、
「俺、今度の遠足イベントの企画するんやけど一緒にやらん?」
という悪魔の誘いを受けた日から、バイト感覚で来た家庭教師ではなく、ボランティアとして怒濤の日々を送ることになりました。ただ、サークルの雰囲気がどうにも苦手だった自分にとって、高校の部活や文化祭のように本気で活動できる場所を手にしたような気がして、大学の4年間はNPOの活動に没頭しました。

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実は小学生向けのいもほりイベントで奥さまの実家(今住んでいる農村)を使いましたが、特に「こんなとこ住みて~。」だの「畑やりて~。」だのはかけらも思っていませんでした。上下さつまいもカラーで決める俺。

そんなブレーンヒューマニティーの理事長を務めているのが、能島裕介という小太りの男性です。企画のほぼすべてを大学生が担いつつ、法人には職員も数名いて、法人全体の意志決定や総務や経理、学生が最後まで主役たれるようコーチ的な関わりを行っています。

この理事長の生き方が自分に大きな影響を与えました。
 
職場という意識を微塵も感じず、23時頃から自分のデスクのパソコンで映画を見る。そしてそのまま事務所で寝る。もしくは学生をラーメンや風呂に連行し、深夜に帰ってきてそのまま事務所で寝る。次の日起きたらまたそのままデスクに座り、仕事なのかネットサーフィンなのかよく分からないことをしている。大人というのはきちんと会社に出社し、仕事して、夜に酒を呑みにいくことはあってもちゃんと家に帰って次の日の準備をするという真面目な人たちではなかったのか。いきなり23時に「今から心霊スポット行かへん?」なんていう大人がいるなんて。

日本仕事百貨というホームページに「生きるように働く」というキャッチコピーがありますが、まさに初めて「生きるように働く」人を見たのが理事長でした。

理事長と農村の関連性は全くの皆無ですが、大人の生き方としてこういう人もいるもんだと学生の時に感じたのはとても大きなことでした。自分がこうやって仕事とプライベートがぐちゃぐちゃな状態になりたいかと言えばその当時は結構微妙だったとは思いますが、この好き勝手生きてる感(=ジャイアン感=むしろただのジャイアン)は羨ましいと思っていたような気がします。

(無駄につづく)