兵庫県に戻ってきて3年、人を呼べる家に住みたいということで西宮市北部の一軒家を借りていました。

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庭でBBQ的な夢も叶えてくれました。

・・・でしたが、カビがひどい問題に悩み続けていました。
奥さんと私は気を遣って換気をしていましたが、居間の本棚の本が気付けばカビまみれになっているなど、さすがに子ども産まれたしこれは・・・という状況でした(新しく家を建てたり借りたりする人はその土地の湿り気情報は入念に調べた方がよいと思われます)

その頃の懸念点(あくまで夫目線)はこんな感じでした。
・カビひどいな。引っ越しは確定だろう。
・あと2年くらいで今の仕事が契約満了になるから、続けさせてくださいとお願いするか次の仕事探すか作るかどうしたもんか。悩む。
・子どもが小学生になるくらいまではもうちょい子どもといる時間が取れる働き方ないかな。
・でも今ほどなんだかんだでやりがいのある仕事は見つけるの難しいだろうな。 
・自分の職場と奥さんの職場が正反対の方向にあるんだが、今以上の中間点ハウスってあるのか?
色んな条件が交錯していたため中々決めきれません。 

そんな中、2人の会話からこんな選択肢がふってわいてきます。

「淡河(おうご)はどうやろか?」

淡河町は神戸市でも六甲山の裏にある、奥さんの生まれ育った場所です。神戸の中心地三ノ宮から30分、山を越えると農村地帯が現れます。

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(出典:http://www.cott.jp/) 
 
これまでも、子どものことで奥さんの実家にたくさんお世話になったり、畑を借りて野菜作りにチャレンジしたり、奥さんの同級生に刺激を受けたりと何かしらと行く機会は多いところでした。

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(週末だけ、30分かけて行くというのは相当な意欲がないと無理だと気付かされた野菜作り。2ヶ月後草原と化す。)
 
一方で、古くからの農村地域なので、人に売ったり貸したりという風習がそもそもないため不動産情報などは一切出回っておらず、「そこに住む」という認識はありませんでした。

ただ、
「淡河に住む。」
というアイデアが出た途端、直感的にいける気がしました。
「いける」と脳が思ったことはおおよそなんとかなるものです。

職場へは15分くらい多く時間がかかってしまうがギリギリ許容範囲だし、畑もまたちゃんとやってみたかったし(早々に心折れていた)、子育てにももちろんいいだろう。まちづくりに取り組んでいる人たちもいるから混ぜてもらったらおもしろそう。

そういうわけで、移住することに(旦那の脳みそだけが先走り的に)決めました。


「よし、じゃあまずどうしよか!?」

・・・分かりません(猛爆)。
淡河でアートディレクターをしている安福くんに相談しました。

「あーそれならゾーンバス走らせている人に聞いてみ。」

と言われ、ファンキーなおっさんを紹介してもらいました。
後に「スタッズが見える(ような気がする)。」と言わしめた農村のパンクス。現在進行形でかなり尊敬しています。
町内は交通の便が非常に悪いため、高齢者の方々の足としてゾーンバスを運行されている方です(余談ですが、こういうことこそが本当の地域活動なのかなと思わされます)。すなわち町内の情報通でもあります。

「今すぐ貸せるような家はないんじゃ!空き家見せたるから気にいった家あったら自分で交渉せえ!」

「わ、分かりました。(そんなことできんのかよおいぃぃぃぃ!!)」

と思いながら、空き家10軒ほどを見せていただきました(本当にありがとうございます)。
いくつか連絡先を聞いて電話交渉しましたが、全く先に進む気配がなく、早くも「詰んだ」状態になりました。


そんな中、物件を回って1~2ヶ月後、突如パンクスから電話がありました。

「交渉がうまくいかんかった物件が1件あるんや。見に行くか?」

と言っていただき、見に行きました。
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一目惚れをしました。

「この家がいい!!」

と身体中が思いました。おそらくそれなりに家に傷みがあることは目に見えて分かりましたが、そんな事は隅っこに置いておいて、ご縁とはこういうことを言うのかと痺れました。

その後、自分なりに一生懸命大家さんの信用を得ようと条件を考え、何度も会って話し合いながら書面に落とし込みました。そして「妻が淡河でして。」という必殺ワードを会う度に繰り返し信頼を得ようと試みて、無事家を借りることができました。

初めて淡河の家を見学してから約半年。人づてに探していった割には早かったような、世間一般の家の貸し借りのスピード感でいけば相当時間がかかったような、そんな半年でした。

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町内でがんばる同世代に繋いでもらい、町内をよく知る人に紹介してもらい、町内で揺るぎない信頼を持っている奥さんの実家のパワーを借りて、そして友人に引っ越しを手伝ってもらい、2014年4月、導かれるように農村で生活することになりました。

(あと少しだけ無駄に続く)