今日はお味噌作りでお世話になった友人に誘ってもらって、自給農法のワークショップに参加。

自給農法とは、
『自分が食べるということを考えの中心に据えたいつも畑に食べるものがいっぱいあるという八百屋のような畑作りを指す。』
とのこと。(HPから引用)

家で適当にやっていたが、ある時期に一気に植えてしまうので、収穫できるときは食べきれないほどできてしまい、ない時は何もないという畑しかできていないので、いつも畑に食べるものがある状態を作りたいと思って参加。

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(すげー集客力だ・・・。)

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(雑草を見ながら学ぶ。右側のように点在している状態よりも、左側のように密集している方がその植物の存在感が大きくなり、生育もよくなるとのこと。つまり種もある程度密に播いてよいとのこと。早速の衝撃。おもしろすぎる。)

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(こうした根についている土に次世代の元になる栄養が多く含まれているので、抜いた後も土は畑に戻してあげると無肥料でも畑は元気になっていくとのこと。)

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(今日の実践編のじゃがいも。雑草まみれの畝を開墾。)

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(鍬が重力ですっと落ちて掘れる深さくらいの掘り起こしでよいとのこと。)

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(こんな状態のまま種芋in。今までやってきたことと違いすぎておもしろい。)

ノウハウではなく、考え方がとてもおもしろく引き込まれた。

畑は餌場であると想定する。
例えば間引きをするときは、あまり生育していないものを抜き、大きいものを残すことによってさらに大きくするものだと思っていた。しかし、餌場という観点から考えるのであれば、その場でしっかり食べられる大きいものから抜いていくとのこと。小さいモノは残しておいて、食べられるくらいの大きさになるまで待つ。
もちろんこれらは商売として農産物を売る場合は異なるかもしれないが、あくまで自給として、餌場として考えるなら、そういう状態を作り続けることによってずっと食べ物が取れる状態に近づいていくという。いばっている奴をとると、次のやつがちゃんといばり始めるから大丈夫らしい。こういう考え方はこれまで気付かなかった。

「餌場がないのは人間だけなんですよ。」
その言葉は重かった。小さい規模でよいから、生き物の本来の本能を思い出して、ちゃんと循環する餌場を作っていきたいと思った。