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兵庫県神戸市北区淡河町というところに住んでいる1984年生まれの家族持ちです。
20代の間は教育の分野で働き、それに関連する社会課題に多く触れ、大きな震災があり、どうやって生きていくのがよいのだろうかともやもやしていました。教育の課題は、すなわち労働の問題や経済の問題ともすべて繋がっているのではないかと思います。
 
個人的な仮説として、その状況を改善できるのは暮らし方を改めることにあるんじゃないかと思っています。
・自分でできることを増やすこと。
・すべてのことを金銭のやりとりで済ませようとしないこと。
・不当に高い家賃やローンを払い続けないこと。
・居住地の意思決定を他人に委ねないこと。
・仕事を一気に失うリスクを分散させること。
・なるべく家の近くで働き家族でいる時間を取ること。
・自分の住んでいる地域は自分たちでおもしろくしていくこと。
その折り合いをつけられるのが、農村地域に住みながら仕事を複業化していくということなのではないかと思い、2015年の10月から恐る恐る実験をしています。この先どうなるか不安も多いですが、楽しみながら日々の気づきを発信していこうと思います。
 
【現在の仕事】
■ブログ

【経歴】
■東京都品川区立八潮南小学校(1991年~1997年)
埋め立て地のマンション群で育つ。小学生の頃の趣味は哀愁漂うプラモデル作り。
■東京都品川区立八潮南中学校(1997年~2000年)
親友や幼なじみとケンカし、2年の頃からはあまり楽しくない時間を過ごす。ひたすらプレステでRPGをやりまくる日々。
■東京都立青山高校(2000年~2003年+2004年)
テニス部、文化祭とひたすらに勉強とは関係ないことに心血を注ぐ。一方で、毎日の満員電車に疲弊し、一生これは無理と察する。3年で大学に合格する学力は身につかず、浪人。
■関西学院大学社会学部(2004年~2008年)
「大学生=一人暮らし」という方程式だけは譲れず、なし崩し的に関西へ。NPO法人ブレーンヒューマニティーに出会い、子どもとキャンプに行くようなボランティア活動に没頭。教師を目指していたが早々に諦め、法人運営の方におもしろさを感じ、人材育成の理事を歴任。理事長の能島さんとの出会いがその後の人生に大きく影響する。
■公文教育研究会総合職(仙台事務局)(2008年~2010年)
唯一興味のあった「後方支援で教育に関われる立場」の仕事として入社。仙台事務局に配属され、宮城県の郡部の教室を担当する。先生方を見て地域に根ざして生活することのかっこよさを知り食べ物がびっくりするくらいおいしくて豊かさとはなんたるかを知るなど、たくさんの影響を受ける。自分も転勤族ではなくどこかに根を下ろして生活したいという気持ちが日々大きくなっていたところに、ブレーンヒューマニティーから職員として戻ってこないかと打診を受け、震災の8ヶ月前に退社し、兵庫県に戻る。
■NPO法人ブレーンヒューマニティー事務次長(2010年~2015年)
就職と同時に結婚。子ども達の野外活動プログラムを管理しつつ、高校生のキャリア教育授業「関西カタリ場」や、生活保護世帯向け学習支援の立ち上げ、東日本大震災の復興支援などに関わる。学生の頃に関わっていた時より社会課題はさらに重くなり、もう少し違う生活の在り方はないのだろうかと考える。自身も子どもが生まれ、仕事と子育ての両立が全くうまくできず、教育に関わっているのに自分の子どもがおざなりになっているのは本末転倒ではないかと悩む。今の自分があるのはこの法人があったからこそという感謝の気持ちがありつつ、自分の取り組みたいことが見えてきたこともあり、5年間の契約満了を機に2015年9月末に退職

■淡河町へ移住(2014年)

妻が淡河町の出身であることもあり、ブレーンヒューマニティー在任中の2014年4月に西宮市から神戸市北区淡河町に引っ越す。
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現在に至る。

【座右の銘】
どうにもならない事なんてどうにでもなっていい事
(THE BLUE HEARTS「少年の詩」より)

【基本思想】
パンク・ロッククッキングパパ)÷2

【しれっと出現歴】
2016.01 KOBECCO 1月号『神戸に住んでみませんか?』
2016.04 こうべ動画館『里山暮らしでワッショイ』
2016.06 神戸市広報誌6月号表紙『守りたい場所がある~神戸で里山暮らし~』
2016.06 神戸新聞連載『里山暮らしできますか?』  
2016.09 『農す神戸』
2016.09 『家族で地方移住、はじめました。』
2016.10 こうべソーシャルフォーラム