仕事柄夜型のため子どもたちが寝る前までに帰れなかった前職から、この1年は子どもといる時間は激増した。

仕事にもよるが、だいたい17~19時の間には(一旦)家に帰って来れるので、夕食を一緒に食べたり風呂に入れたり寝かしつけたりできるようになった。ただやはり仕事が終わってないので、寝かしつけた後にパソコンを開いて何かしら仕事をすることも多いけれど、それはあまり気にならない。

移住促進の仕事は特定の勤務場所がないので、空き家に行くような場合以外は家で仕事、茅葺きは集合場所の親方の家まで車で5分、町内のベーグル屋さんも車で10分、唯一インターンだけ山越えをして行くので40分ほどかかるけれど、事務所に行かなくてもできる作業の時はわざわざ交通費を申請するのも申し訳ないので家や改装中の古民家で作業をしている。とにかく移動時間が減ったという要因が大きい(これは前職のブレヒューでも近場に住めと言われたが奥さんの職場の場所と一軒家に住みたいという意志の上で遠くに住んでいたので、自分のせいではある)。

何か引っかかっていたこの数年のもやもやは、やはり仕事でのもやもやよりも、自分の子どもを自分で育てていないじゃないかという面が大きかったのだと思う。現在土日も関係なくほぼ休みなしで何かしらしているが、
・自分の意志でそれを決定している
・(1日の内どこかで)家族でいる時間が取れる
という2点を満たしている限りは全然苦ではない(奥さんがどう思っているかは闇の中である)。

1日の内、どれだけ仕事に割くのか。
寝る時間以外のすべてを仕事に捧げ、圧倒的な成果を出す生き様(子育てや介護があればそもそも無理なのだが…)。
仕事の内容よりも定時に帰れることに重きを置き、家族を第一に見据える生き様。

人々にとって価値観は人それぞれだけど、自分の場合は仕事でどれだけ成果が出たとしても子どもと関わる時間がなければ満足できないし、仕事もおもしろくないと満足できないというワガママ野郎なので、そのバランスをどう取っていくかは今後も至上命題である。自分の生き方はいかに突き抜けるかよりも「いかにユニークなバランスを取るか」で攻めていきたいと思う。
  
今後もこの淡河町の場合何かと車で子どもを送り迎えすることも増え、パンパンで仕事をしていたり融通の利かない働き方はできそうにないので、町内の先輩親父たちの背中を追いながら農村の中で子育てを成立させるやり方を学んでいきたいと思う。
 
※注釈
子どもとの時間の話になると前職の批判のように書いてしまうけれど、こうして今色んな人の元で何とか働いたり活動でき、自分のやりたいことをやり、そして家族の時間が取れるようになったのは間違いなく前職のおかげである。
NPO関連の素敵な人々との出会いも、思考の幅を広げてくれたのも、得たものを数えればキリがない。仕事は成果によって対価が決まる以上、時間ではなく成果でしか測れないのだとただひたすらに教えられ追い詰められたあの期間があって今がある。だから社会に出て10年ほどの間で厳しく接してくれる上司に出会い自分の甘えを取り除いてくれる人や組織に出会うことは後で非常に効いてくると思う(もちろん鬱などにならない程度ではあるけれど・・・)。
仕事で成果を出す気もないのに「子育ての時間がない!ブラックだ!早く帰せ!」と叫ぶのも間違っている。真昼間の電車でスマホでずっとゲームしているサラリーマンをよく見るが、ああいう人種に「もっと給料くれ!そんで早く帰らせろ!」と言われるのは経営者としてはたまったもんではないだろう。そもそも売り上げが立たない限り給与は支払われないのだし、それは最近サツイマイモ農園1つとってもどれだけ難しいか痛感している。
子育てが難しいこの国の労働環境は終わっているし悲しい事件もあったけれど、どの目線から物事を語るかで主張は大きく変わることを実感する最近である。

でもやっぱり子育てはしたいな。
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