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前職でお世話になった長尾文雄先生から、何の前触れもなく本をいただく。
こうして気にしてくださり贈り物をしていただけることが本当にありがたい。

『ちゃぶ台』というこの本は、一体何をテーマにしているのか分からないまさにちゃぶ台に並んだおかずのような雑多な本だけど、定住の仕事も、インターンの仕事も、茅葺きの仕事も、そして地域活動のことも、すべてに触れられていたような気がした。

年度の変わり目で、改めて心に響いたものをそのまま抜粋。
内田さんや平川さんの言葉久しぶりに触れたなぁ。

『それは里山が社会的共通資本である以上、そこには政治や経済の変化にダイレクトに反応することを嫌い、できるだけ安定的・恒常的であろうとする惰性が働いているからだと僕は思います。』Vol.1 P30

『繰り返しますけれど、農業と市場は原理が違うんです。無限に貨幣が欲しいという人たちの欲望で動いている市場と、太陽の恵み、大地の恵み、水の恵みを受けて耕作し、育った果実を生身の人間が飢えないために享受するという農業はまったく別のものです。』Vol.1 P40
内田樹

『地方と呼ばれている空間は、白いキャンバスではない。移ってきた人たちが好き勝手な自分の人生を描く空間ではないんですよね。
でも、その中に一緒に入っていくことはできる。そのときに、新しい人たちが来たから自分たちも一緒に変わってみようっていうオープンな地域もあれば、変わりたくない地域もあるわけです。どちらが良い、悪いではなく。』Vol.1 P73
西村佳哲

『でも、自分たちが自分たちの食べものを自給自足しようとすると、困る人が大量に出てくるというシステムがおかしい。ある程度のゆるやかな地域のまとまりのなかで食料が自給できないことを国土計画の設計ミスと捉え、地域の視点から、人口一集中時代を克服していく政治を組み立てればいいと思うんですよね。』Vol.1 P90

『といえばやっぱり生きることがパッケージ化されているからなんです。問題はやっぱりお父さんとお母さんと企業の人事です。「うちの子にはこういう大学を出て、こういう会社に入ってほしい」っていう。不安な時代ですから、その気持ちもわかるのですが、パッケージがつくられて、みんなその中でがんじがらめになってしまうことが幸せなことなのか、やっぱり考えなくてはいけない。』Vol.1 P92

『ですけども、もう少し原理原則的に考えると、有機農業原理主義よりも、「どんな食べ物でも自分はきっちり味わって食べつくす主義」の方が信頼できるんですよね。たとえ農薬や化学肥料を使ったものであっても、「食べ物である以上大切に食べます」という人の方が、「わたしオーガニックじゃないとダメなの」って人よりは信頼したいなと思います。』Vol.1 P97
藤原辰史


『それは、一言でいえば、5000万人になったときに、どうしたら均衡した状態を作り上げられるのかということです。給料は上がらないが、物価も上がらない。共有できるものは共有する。個人資本よりも社会資本を充実させていくということです。』Vol.2 P26

『ぼくは、自己責任をどこまでの範囲まで広げられるのかで、その人間の価値が決まると思っているところがあるんですね。全世界の悲劇がぼくの自己責任だと言える人間が出てきたら救世主なわけですよ。ところが今は、「それはそのひとの自己責任じゃないか」という言葉を投げかけることで、自分の責任を回避しようとするような風潮になっているんですね。』Vol.2 P27

『ポデモスの中で非常に印象的なのは、雇用はないけど仕事はあるっていう考え方。なくなっているのは雇用であって仕事ではないと。法人資本主義といったものが危機になっているだけで、仕事はあるんだと考えを転換しました。』Vol.2 P32

『現在生き残っている動物は、そのような共生の原理によって自然の荒々しさと折り合いをつけてきたのです。だから、どうしたら、自然に適応できるのかを考えるべきなのですが、生存よりも自己利益の増大ばかりを優先させるような傾向になっている。これからの日本、サラリーマンは厳しいと思います。勤め続けても地獄、辞めても地獄が待っている。きついんですよ。』Vol.2 P35
平川克美

『しかしメラーノで、ちょうど山下が結婚して妻を呼び寄せ、第一子を授かった頃のこと。シェフにこう言われたのだそうだ。
「子どもにワインの話をするのか?」
あわてて自分の引き出しを覗いてみたら、たしかにワインと仕事しか入っていなかった。』Vol.2 P132
井川直子

『とくに大企業で働いている人って、ある意味で毎日出稼ぎに出てるようなものでしょ。1時間2時間かけて遠いところまで行って、帰っても寝るだけ。地域から完全に遊離した存在じゃないですか。地域の行事にかかわるわけでもないし、隣の家の普請の手伝いをするわけでもないし。(中略)まったく、自分の住んでいるところと日々の労働とは無関係ですよね。』Vol.2 P141

『だからいいコミュニティでは、一人の人がいろんな役を果たせる。サラリーマンの場合だと、お金を稼いでくるだけじゃないですか。地域にとっては、ただそれだけの人。しかも、個人の家庭、プライベートな家庭のために。けれど、コミュニティというのは本来、さっき言ったように一人の人が魚をさばいたり、屋根の修理を手伝ってあげたりとか、田植えを手伝ってあげたり、子守してあげたり、いろんな仕事を複数やる、そうすると、それぞれみんな関わる人が違ってくる。いっぱい仕事があるというのは、ネットワークが輻輳してるっていうことですよね。』Vol.2 P143

『実際、収奪する残りの場所が完全になくなっていっているわけですから。アフリカももう、簒奪というわけにはいかない。だから今、それぞれに自国民を簒奪してるわけでしょう。若い連中から簒奪し、ブラックだ、格差拡大だ、というふうに、自分たちの社会を壊すとこまできてるわけです。そりゃあ、パンクしますよね。』Vol.2 P153

『ワークが公的で、ライフがプライベートって、これ絶対嘘ですから。実体は、ワークがほとんどプライベートになっている。本来、ライフは地域の活動を含む、パブリックな活動に時間が割かれるのが大事なわけです。個人生活や家族生活を大事にするためではない。「自由」と同じく、大事な言葉がずれて使われているのです。』Vol.2 P159
鷲田清一