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彼らが大学生の時に関わりがあった20代後半の若者たちが家にやってきた。
こうして家に来てくれることが嬉しい。
畑まで手伝ってくれ…ああありがたや。(おかげさまでGW最終日、朝ゆっくり寝れました)
 
それぞれ仕事をしている。
しかし、自分の仕事がおもしろいとか続けたいとはっきり言う人はいない。
休職したりもしているし、もう辞めたいとも言っている。
20代で自分が社会に出てから、このやりとりは永遠のキーワードのようにどこで話していても出てくるし、自分もよく愚痴ったような記憶もある。
そして個人的にはやはりキャリアとか生活の在り方みたいなところに非常に興味があるので、その話を聞きたくなってしまう。
 
もしかしたらおもしろいと思っているのかもしれない。
ただ周りがそういう空気だと、あまり自分だけ「俺の仕事最高!」とは言わないのかもしれない。
 
やっぱり自分が起きている時間の大分多くの時間を費やしているのだから、仕事にはプライドを持ちたいし、誰だって持たないよりは持ちたいくらいには思っているんじゃないだろうか。
でも大抵仕事などうまくいっているときはほとんどなく、なんとか持ちこたえているような状態が常ではないだろうか。
 
今の自分も環境的にはとても恵まれているけれど、うまくいっていることなんて数えるほどしかないので「仕事最高!」とは到底恥ずかしくて胸を張って言える状態ではない。
 
ただ、生活も含めた今の「在り方」には、自分のぼんやり目指しているものと現実が少しずつ近づいてきているかもという感覚や手応えはある。
 
なんとなくキャリアの話をする時「どうありたいのか」がすっぽり抜けてしまうのではないだろうか。
自分もついつい聞いてしまうが、
「最近仕事どう?」
という質問だけでは、たぶんポジティブな答えは返ってこないのだろう。
 
仕事は大切だが、仕事だけではないだろう。
生きる上で『仕事ではない部分』が、実はうまく埋められていない人が多いんじゃないだろうか(今回の話は「趣味」とは別の話です)。
仕事で自己実現というのはおそらく大部分の人には中々厳しくて、仕事じゃない部分に『どうありたいのか』を色濃く映し出していけたらいいのではないかと。それがゆくゆく仕事にも波状していったらなおよし。
 
自分も20代の頃は、仕事ではない部分に何もなくて、ただ家で休んで本当は欲しくもなかったはずのものを浪費しているだけだった。
おそらくそのままの状態だと、『どうありたいのか』の問いにはいつまでも答えられず、結果的にそれを仕事に転嫁して「なんか仕事微妙なんだよねー。」と言っていたのかもしれない。
つまり実は仕事のせいにしてしまっているというのが多分にあるのかもしれない。
 
それが結婚し、子どもが生まれたところから少しずつ変化していき、今ではそこに『地域の繋がりって実は合理的?どうなの?』と『自分の手と頭に百姓の知恵を』というテーマを流し込んでいっている感じで、仕事とも繋がっていっているような気もしている。
 
本当にまっすぐで、気さくで、真面目に色んなことで悩んでいる面々。この感じ、やっぱりとても好きで。
 
それぞれが自分なりのテーマとか問いを見つけられたら、またそれをゆっくり教えてほしいなぁと思ったGW最終日でした。