ここ1週間、4月に続き新入社員研修のサポートの仕事をいただき、今度は宮城県へ。

実に2~3年ぶりに石巻に訪れ、街や仮設住宅の様子を見ることができた。

2012年、2013年頃に行っていたころには、地域によって復興に差が出ていると現地の方に教えてもらってもそんなに目視で明確に分かるものではなかった気がする。
ただ今回は、例えば雄勝と女川ではまったく風景が違い、確実に年月が過ぎて色々と違いが出てきているのだと感じた(もちろん差が出ているから悪いとかダメだというつもりは一切ないけれど。)

仮設の現状としては、順次復興公営住宅等への移動が進み、仮設住宅自体も収束していた。
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(復興公営住宅)

【参考:復興公営住宅とは】
復興公営住宅(災害公営住宅)とは、災害により住宅を滅失し、自力での住宅再建が難しい方のための公的な賃貸住宅です。基本的には市営住宅と同様になりますが、所得による入居制限が緩和されております。また、所得が低い世帯に対しては数年間の家賃の低減化が図られます。
出典:http://www.city.ishinomaki.lg.jp/cont/10186000/0001/20130910104838.html

自分の目で見た初めての復興住宅は、一般のマンションや団地とほとんど変わらないものであった。

今回は新入社員のみなさんが各家庭にお邪魔し、お掃除などをお手伝いするというもので、自分もその様子を横目で見ながら住んでいる方々にお話を聞かせてもらった。

4~5年ほど前、仮設住宅で色々と活動させてもらっていた時は、
・壁が薄いから横の住民が気になる。
・造りが簡素なため暑さや寒さが厳しい。
といった声が多かった。またコミュニティが崩れたこともあり、中々その仮設住宅で新しい関係性を築くのが難しく、馴染めない人もたくさんいると聞いた。
なので、そこに住む人々や様々な支援団体が集会所などを利用してイベントを行い、コミュニティ形成を地道にずっとずっと続けてこられていた。

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そして時は過ぎ、公営住宅とはいえ、仮設での住まいが終わりしっかりとした造りの家に移り住んだ方々。
しかし、ゆっくりとお話を聞いてみると
・仮設は両サイドの音が気になったが、マンションは上と下の部屋も気になる(震災前まで何十年も一軒家に住んでいた方々のこのストレスは絶対苦しい…)
・仮設は引き戸だったからすぐ声もかけられた。
・仮設は家を出ればすぐに誰かがいて、コミュニケーションが取れた。
・仮設の集会所は朝から常に空いていて、気軽に集まってはテレビをみんなで見ながらお茶を飲んで話せたが、今の集会所は空いていない。
・仮設の集会所ではよくイベントが行われていたが、今は少ないのでさみしい。
・(マンション型のため)他の階に誰が住んでいるか分からないし、他の階で降りてウロウロするのは気が引ける。
・コミュニティがまたバラバラになってしまった。
といったことをお話されていた。

仮設という長屋型の住まいの在り方が、実はコミュニティ形成に一役買っていたのかもしれないということと、階層がある建物は、個人個人を分断させやすい(逆を言えばプライバシーを守ることには最適な)建物なのだと改めて教えてもらったような気がした(これについても、では長屋が良くてマンションがだめなどと言うつもりもない)。

自分も高校時代までマンション住まいで育ったけれど、他の階の人のことは全く気にしたこともないし、誰が住んでいるかもほとんど知らなかった。なので今は地域のコミュニティに恵まれていてそれが大事だということも実感し手放したくないけれど、なければないでその状態にも慣れているのでそんなに抵抗はないと思う。
ただやはり、強いコミュニティが前提の中で生きてきた方々は、それが失われることの孤独感や不安は自分が想像する以上にあるのではないかと思った。

復興という言葉をどう捉えるかで変わるとは思うけれど、まだ何も終わっていないし、またこれからもやっていかないといけないこと、出てくる新しい課題…人手が必要なことは山のようにあるのだと思った。

2年も3年も関わってこなかった奴が何偉そうに言ってんだという感じではあるが、目で見て聞いて感じたことを残しておくことにしました。
貴重な機会に感謝です。
あと改めて、あの時仕事は全部放り投げて宮城に行って来いと言ってくれた能島さんにも。
今月はもう1週間。ありがたや。

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雄勝ローズファクトリーガーデンの空)