「おにぎり2個と、お菓子1個な!」

遠足前に、とても嬉しそうに話す娘。
見えている世界や持っている情報がまだまだ少ない彼女は、おにぎり2個とお菓子1個でこんなに喜べる。

かつてSNSで、
「大学にある図書館の本が全て自分の知識になったとして、その状態は幸せなのだろうか。」
などとひねくれていた大学時代。

あの頃は今は昔、情報を得ることはやはり快感である。
仕事をすればするほど、情報を入れないと置いていかれるし、うまく情報を活用していけばいい仕事もできる。
 
情報はどんどん更新されていく。
特段それをしんどいと思ったことはない。
むしろいつの間にか楽しんで世の中の動きや変化を追っている節もある。
ただなんとなく色んなバランスが悪くなったときに、情報を入れることがしんどくなることもある。

そして、出すこともまたしかり。
春先は新しい仕事が動いたり、企業の新入社員研修(正確には研修ではないのだが)に関わらせてもらったりして、自分の持っているものを出すという機会も増える。
もはや娘の一言に大きく揺らぐように、
「どうあればよい。」
などという正解は全くないという前提に立つと、相手に何を伝えたらよいのか戸惑うときが多くなってきた。

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(新人さんが東北、熊本、広島の各地で復興活動を。2012年からずっと続けられている。) 


(自分が)インプットもりもりOKタイムの時には、
「目の前の人の役に立つためにはまず必死で仕事を覚えて。そして本を読みまくろう。」
みたいなことを伝えることもあるし、
成長していくということにやや懐疑的モードのときには、
「本当に大事なことはすごくシンプルだから、ちゃんと見定めていってね。」
という仙人的なことしか言えないようなこともある。

それぞれの個人の中にあるものを「引き出す」ということは一生懸命やるけれど、伝えるということは果たして。
それこそ引き出した先に、その人に合うようなことを選び取って話すこともできるけれども、それこそそれでいいのかと疑念が生じたりする。


そうした迷いみたいなものを持ったまま、久しぶりに茅葺きの現場に出た。
その日は国際茅葺き会議という大きな催しで、世界中の茅葺き職人が集まっていた。
岐阜の白川村から数日かけて移動してきて、神戸が最終の視察場所。

淡河にある、現存する中で日本最古の農村歌舞伎舞台『北僧尾農村歌舞伎舞台』で、農村歌舞伎の観劇。
カメラなどの裏方をしながら、自分も一緒に観劇。
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ふとした瞬間に、身体から色んなものがボロボロと落ちていく感覚が。
先の先の情報を得ようとしていた中、何を伝えればいいのかと悩んでいた中、古くから脈々と受け継がれてきた歌舞伎を身体で感じて、あーなんだか色々と張りつめていたんだなと気付かされる。
こういうことは大抵後で気付くのだ。

こうやって古きものに触れるというのは、立ち止まる上でとても大事な時間なのだなと。
そして、言葉は全く通じていないのに、目で見て感じて、大きな拍手を送る外国の方々。
頭だけが先回りしたときは、言葉で説明できないことも大切にしないと。
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おにぎりは、いつもの食卓と数m離れた庭で食べるとなぜかなお美味しくて楽しい。
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