10月に入り5年目となる個人事業主生活。
この1年もなんとか切り抜ける(ありがとうございます)。
 
元々、手に職系の人間じゃない自分が農村で生きていけぬものかという実験を始めたのが2015年の10月から。
その際に、
「色んな人から少しずつ仕事をもらいつつ自分の事業も作る。」
という(妻にも言えない無計画な)戦略でやってみて、恩人と呼ぶべき色んな人に仕事をさせてもらえるチャンスをもらい、結果的に複業的な生活の仕方になった。
 
各仕事の割合や、増えたものなくなったものはこの4年で入れ替わりつつも、そのまま複業的生活は続いている。
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個人的には、ずっとこのままでいけるのであれば、いくつか仕事を掛け持ちしている方が性に合っているような気がしている。

「よーやるわ。」
と言われるが、自分としては毎日同じ時間に家を出て同じ場所に行くというのがどうも安定して力を出す方向ではなくだらける方向に向いてしまうので、今日は会議や事務作業をして明日は現場仕事してあさっては農作業をするみたいな方がよい。
半分くらいの仕事は家でもできてしまうのでだらけがちになるが(だらけてばっかだなこいつ)、次の日に現場仕事などが入っている場合パソコンが触れないので先延ばしにできず、それぞれの日に終わらせておきたいラインを組めるのは大事である。すべてノマド的働き方で完結する仕事だけだと、自分に負けてしまうかもしれない。
 
一方で、何か新しい仕事やプロジェクトで色んな人に会うが、それぞれの持つ専門性や考え方に尊敬すると同時に自分の生き方が不安になることもある。以前からこの感情はあったが、毎年年齢も重ねるごとによりリアルになってきているというか、10年後(45歳)の時に一体自分は何を武器に飯を食っているのだろうかと想像すると、あまり想像できない。
 
農村に移住した家族連れ、地方創生…の流れで、自分の実力ではないところで仕事が舞い込んでいることも多く、自分のポテンシャルと比較しても完全にバブルだなぁ感は否めない。自主事業の割合もまだまだ伸びてこない農村のフリーターみたいなものなのに。
 
ただ、今は今しかない。
バブルならバブルに応えられるよう必死にやるし、その状況を客観視しつつ楽しめればいい。


今は今しかないのは、仕事もそうだが子育てもだ。 
自分は前の仕事を辞めるとき、
「次に何をするかよく分からないけど、子どもといる時間を増やしたい。」
と言って辞めた。
だからむしろ、どんな仕事をしているかよりも、その理由に対して嘘をついてはいけないと思っている。それが関係なくなっているのなら、ブレヒューという学生時代から10年近くお世話になった場所を離れる必要はなかったのだから。
 
この1年も、2/3くらいは夕飯を作って子どもと一緒にいることができた。
彼らが寝てから仕事をするのも、土日に仕事をするのも今はほとんど苦ではない。
 
クッキングパパの荒岩一味のように、
「飯だぞー!!」
と言って夕飯を振る舞う父親になりたくて、今なんとかなれている。
 
10年後、もしかしたらお金を稼ぐことで苦労するかもしれないし、30年後、年金で苦労するかもしれない。けど今こうして子どもたちに夕飯を作れる日々を全うできたら、死ぬ時に後悔はしないんじゃないかと信じている。
 
5年目も、4年前に誓った言葉を忘れずに、仕事も子育ても邁進したい。
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夕飯を作っている横で宿題をする姿が好きだ。