1年に1回ほど執り行われている、同じ町内のベーグル屋さん「はなとね」の村上さんとの近況報告会。
 
村上さんは、ほぼ同じ時期に淡河に移り住んだ間柄で、年齢は5~6歳先輩だと思われる。
淡河や神戸には、これくらい年齢が離れた世代に指針になってくれる人がたくさんいる。
おそらく人生で生まれて初めて「お店の人が自分のことを認識してくれている行きつけ」的なお店ははなとねである。そして村上さんが作るベーグルや蒸しパンは大好物であり、後にも先にもこんなに美味しいベーグルは食べたことがない。
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そしてさらに言えば、前の仕事を辞め、淡河でなんとか生活を成立させたいと思っていた31歳のおじさんにバイトをさせてくれたのもはなとねであった。(この時は、お客さんが俺をパンを焼いている店主だと勘違いし「あははは!バイトです!」と答えていたのを思い出す)。

普段の村上さんはお店を3日開いている間は三日三晩パンを焼き続けて、その後廃人デーを経てまた仕込みに入るので、いつ連絡を取ればいいのか分からず、こうして1年に1回ほどうまくかみ合った時にお互いの近況報告を兼ねた時間をもらっている。

移り住んだ当初も続けていた前の仕事は企画事務やマネジメントというものだったので、パンを三日三晩焼くということを生業にしている村上さんの話は観点が違いすぎて面白かった。
「鶴巻さん、人と関わって仕事するの苦じゃないんですか?すごいですね。僕は一晩中一人でパン焼いててもまったく苦じゃないんですよ。パン生地はね、ネゴシエーションとかいらないんですよ。」
という伝説のセリフは未だいつでも村上さんの顔を見れば思い出せる。
 
そんなお互いのことを知ることから始まり、淡河のことで新しく知ったことを共有し(稀にパンを焼き過ぎて浦島太郎状態になっているので、パソコンのアップデート的役目を担うときもある)、これからのことを話す1年に1回の時間は自分にとっては楽しみな時間。

今回は、自分が自分の商品として干し芋を作るようになってから初めての近況報告だったので、伝えたいことがあった。
「村上さんの言う通り、1人で何かを作り続けるのは想像以上に楽しい。」
ということだ。
5年前、村上さんの話を聞きながら自分の性格的にこういうことをする日は絶対に来ないだろうと思っていた。当時農業はやりたいと思っていたが黙々と畑作業をすることも自分にはできないのではないかと思っていた。しかしその思い込みもなんのその、自分の好きな音楽やラジオをかけながら、段取りフル回転ですべての工程を自分でやりきるというのは、ものすごく疲れるがものすごく充実感がある。
そしてそれを美味しいと言って買ってもらえるのは言葉にし難い喜びがある。

手を動かした分だけ正直に商品が生まれる。
すべて自分の采配と責任によって商品が生まれる。
他者の反応で成果が増えたり減ったりしない(あくまで売る前までの話だが)。
ネゴシエーションがいらない世界はヒリヒリするような恐怖も内在するが、確かに面白い。
これは畑仕事や現場作業でもそうなのかもしれない。

そしてそういうことをしていると、人との関わりで何かを生む仕事をしている時も新鮮になり奥深くなる。こうして色んなことの比較の中で行ったり来たりしながら節操のない仕事をしているのは5年前に村上さんに宣言したことと変わっていない。

なんとなく5年前に村上さんが言っていたことが自分と重なったのが面白くて、村上さんに伝えた。
村上さんは相も変わらず誰も工房には入れず、己の生産能力の限界まで焼き続けてその後廃人になっている。その愚直さとこだわり抜く姿勢はまだまだ同じフィールドに入る資格すら得られないような。でもこうして目の前にお手本の先輩がいることがよい。

人生は仮説で動く。
移り住んだ農村での生活も仕事も。
また次回もお楽しみに。