心ないやさしさは敗北に似てる
ふと入った店で流れていた、ハイロウズの『青春』という曲の一節。
昔から大好きな言葉。久しぶりに聴いた。

なんとなくその場を取り繕うようなやさしさや同調は嫌いだ。
それができないがために色々とややこしいことになるときもあるが、特段決定的に困ったことはない。むしろ取り繕った後の自分に対する絶望した気持ちの方が尾を引く。
 
人間関係が結構冷たいと稀に言われるが、(自分にとって)誠意のないように見える行動や失敗を繰り返す人に進言をして、それでも変わらないのならそれ以上一緒にいる意味はない。
それを許し続けることは自分にとって敗北だし、相手にも「嫌い」「苦手」という感情のまま付き合うのが申し訳ない。日本人だけでも1億人以上いるのだから、やることをやった上で合わなければさっさと去ればよい。

その逆もあり、自分にとってあまり重要でないことに細かく口を挟まれた時に、それを受け入れたふりをするのも「心のないやさしさ」になってしまうのだろうなとも。自分の場合はこちらが多いかもしれない。
自分の脳から湧き上がって伝えたいことは比較的はっきり言うが、相手から出てきた、非合理的な意見に対しては反論するのが面倒くさいので、理解したふりをしてスルーして記憶から消すという技を身に着けてしまったような(意見が異なっても、それが相手にとっての筋や合理性が分かるときは全く問題ない)。
 
ただのわがままである。
一方で、わがままを押し通せるようになるから、30代に入ると生きるのが楽になるのかなとも思うが。
 
要するに、『心ないやさしさは敗北に似てる』というのは、言うべきことは言えという意味と、心ないやさしさをしてしまうような環境や人からは去れという意味を含んでいるのではないかと思う。
 
『青春』の舞台は学校。
学校は、好きに選んだり去ったりしにくい場所。
 
今は違う。自分のいる場所は自分で選ぶことができる。
相手との関わりも、自分の責任の中で立ち振る舞うことができる。
 
改めて、人と対峙するときに、心に留めておきたい言葉。
でもきっとヒロトとマーシーは、歌詞を切り出して変な意味づけされるなんて一番嫌なんだろうなぁ。
同じような歳になっても全然追いつけない。