「あんた若いのにえらいのぉ。」
畑をしていると、通りがかりの古老に言われ続ける一言である。
  
このありがたいコメントは、『若いのに』『えらいのぉ』という2つの文節に分けられる。
 
①『若い』について
確かに古老から見れば若いのは間違いない。しかしもう37歳である。川で桃太郎を発見した老夫婦は40代説もあるくらいだ。人生100年時代の37歳であれば甘ちゃんでも許されるかもしれないが、昔であれば人生で取り組んできたことの締め作業と次世代への育成、引継ぎにかかる年齢でもあるような気もする。
農村では50代まで若手認定であり、やはり『若い』という投げかけは一瞬嬉しいのだが、小学生の頃に見た30代後半の学校の先生やテレビの芸能人は壮大な中年であった。客観的思考は持ち続けたいものである。

②『えらいのぉ』について
こちらもいつも不思議に思う言葉である。農業は確かにめちゃくちゃ大変なのだが、他の仕事も等しく大変であると思う。体力的になのか、精神的になのか、大変といってもそれぞれ。
そして、古老たちの時代に比べれば機械化も進み、奇跡的に楽になっているとも言える。BluetoothでYouTube聞きながらトラクターを使っているのを、すべて鍬で耕したり家畜を引いたりしなければならなかったのは地獄(すごすぎて尊敬の念しかない)である。
また、失敗やミスをするとすぐに叩かれ、完璧を求められすぎているこの世の中で、スーツを着ながら大都市に働きに出ている方がもはや「えらいのぉ」という感覚が個人的にはある。高度経済成長期のように、会社に所属してガンガン給料やボーナスが上がる時代であれば、農業は「(身体も大変やし右肩上がりに所得が上がるわけでもないしそれでもやってて)えらいのぉ」かもしれない。が、変化が激しく会社の寿命もドンドン短くなり、平均所得も下がり、何をしていても正解がない時代であれば、その差はほとんどなくなってきたようにも思える。
  
畑は一人の時間なので、このおばあちゃんがかけてくれた一言や、ちょっとした問いが頭の中に浮かび、ずっと頭の中で色んな思考をしているような状態になるときがある。
この頭の中の思考は結構面白いので帰ったらブログにまとめようと思うのだが、いつも疲れ切ってできない。今回は朝まで記憶があったので書いてみた。 
 
「若いのにえらいのぉ」と言ってくれるうちが華。がんばらねば。
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今年はぼかし肥料がよくできているような気がします。