3月は、心のバランスが崩れやすい時期。
3月は、いつ頃からか、次年度の計画を立てるのが当たり前になった時期。
  
心のバランスがややマイナスに触れているとき、計画というものは、自分を必要以上に大きく見せ、特に必要としていない人に必要だと仕向けるように動かないといけない契りみたいなもののように感じてしまう。

いつからこんなに認識する景色が広がってしまったのだろうか。

十数年巻き戻せば、クラスと部活の人間関係、好きな女の子のこと、タワーレコードとTSUTAYAの『PUNK』の棚、そして巨人と週末の競馬が社会のすべてだったはずなのに。

自分の半径数mからはみ出た大層なことを偉そうに語ってしまった後、家で一人になった時に虚無感や嫌悪感に苛まれる。
いつになったらこういう面倒くさい自分とおさらばできるのか。
あの棚のせいだよ。
 
親が子と遊ぶという行為は、子のためだけではなく、親が自分の適切な半径を取り戻す行為の一つのような気がする。
ただ何の意図もなくボールを投げ合い、子どものペースで歩く。
誰だってそこから始まった。
 
大きな別れもすっかりなくなって3月が終わり、
大きな出会いもすっかりなくなった4月を迎える。

いつにも増してとっ散らかった文章。
トイレのように言葉を吐き出せばよいって教えてくれたよね。


イイ奴のフリはしたくないだとか
本当の事を君に伝えたいだけとか
根本的にはどうでもいいのさ
ただ僕はずっと僕をやっていくだけさ

ガガガSP / 雨の日曜日

平成がもう終わる。

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