20代はNPOで、30代は農村の持続可能性に関する様々なことで時間を使ってきた。
なので、どちらかというと事業よりも公共的なことの方に興味があるのかもしれないと振り返ってみて思う。
借り入れをして自分のビジネスを大きくしたい!という野望のようなものがやっぱりほとんど出てこない。

20代の終わり、今後の自分をキャリアやNPOの未来を考えた時に、業界の中から外につながっていくことができず、閉じた世界になっていっているような気がした。
そして、特定のイシューだけで突破しようとしていた気もしていた。
イシューの深層にある暮らしとか生活って、もっと連続していないか?と思った。
  
今言語化するならば、そこにデザイン性やアート性が少なかったのではないかと思う。
(ここで言うデザインとはグラフィックやただ整えることを指さない。関係性のシステムの意。)

30代の10年に納得感があったのは、農村を切り口とした暮らしや関係性のあり方をどうデザインしていくか、さらには持続可能にしていくかという問いに色んな人たちと取り組めたことであったからだ。

農村に住む人や行政の人だけでなく、都市部に住む人や飲食店、不動産や設計士、デザイナーやカメラマンを始めとする各種クリエイター、漁師、大学などの教育機関…(うーんもっともっといるはずだが出し切れない)と、様々なプレイヤーや職種の方々と協働することで、互いの視点から見ていることの共有による相互理解や新しい視点が生まれている気がしている。そしてそこには、しっかりビジネスを回していて、NPO的な思考背景がない(なくてもバリバリ社会的なことを考えている人たちばかりだが)人もいるけれど、結果的に協働が生まれている。
 
そして、例えば「神戸農村スタートアッププログラム」という創業プログラムも、「社会(農村)課題の解決を!」とNPO的な謳い文句は使わず、新しい都市農村共生社会の暮らしを問うというテーマにすることで、多様な人が参加をしてくれている。そして、その中から創業や就農が生まれることにより、結果的に食糧生産拠点としての農村が持続可能なものになっていくことにほんの一部寄与している。そしてここで大切なのは、就農や移住、創業だけの数字を追うのではなく、都市部に住んだまま農村に関わってくれる人を始めとしたあらゆる関係性が重要だとみなすことだ。その様々な関係性やネットワークをもって、それをデザインやアートと呼ぶのかもしれない。そしてどこかに大きな力があるのではなく、各自が屋号を持って活動しているような状況もとても好きである。

ソーシャルビジネスの「事業性・社会性・革新性」という経営論ももちろん大事にしつつ、理屈で詰めていったときには出てこない突破力を楽しみたい。それをソーシャルアートと呼びたいという論は、とても面白いと思った。


【参考】 
社会デザインをひらく
ミネルヴァ書房
2024-10-29